音楽は、形がありませんから、
作っている自分でさえも、
どの時点をもって完成したと言えるのか、
とっても曖昧なんです。
曲が頭に浮かんだ時なのか、
楽譜に書いた時なのか。
あるいは、
楽器で演奏したり、
実際に音にしてみた時なのか。
レコーディングが終わった時、
それとも、CDが発売になった時。
一体、どのタイミングで、音楽が完成したというのか。
とっても問題なんです。
絵の世界でも同じような事があるようです。
レオナルド・ダ・ヴィンチの
「モナ・リザ」は、
あれだけ美しい絵にもかかわらず
完成していなかったといわれています。
ということは、
作者にとっては未完成だった作品を
私たちに、しげしげと眺められているわけです。
それを本人が知ったら、どう思うでしょうね。
ある作曲家が、私に言いました。
「僕は、楽譜の上で、自分の音楽は既に完成しているから、
伊藤さんがどんな風に録音をしてくれても
どんなミックスをしてくれても構わないよ・・・」と。
その方にしてみれば、
楽譜の上に音符を書いた段階で
音楽が完成してしまっている、ということなのでしょう。
でも普通は、楽譜だけ見せられて
完成したと言われても、困るかも知れませんね。
一方で、
録音が完了した段階や、CDになった時を
完成と見る考え方もあります。
楽譜にしてもCDにしても、
確かに形になるので、
それで完成したと言えなくもないでしょう。
でも音楽自体は、形がなく、
楽譜もCDも、音楽を入れておく器のような物です。
それに封じ込められただけで、
完成したとは言えないようにも思います。
なぜなら、音楽は聞いてもらってこそ価値があるからです。
それは、お料理などでもそうじゃないでしょうか。
誰かが、喜んでくれてこそ価値があるように思います。
コンサートやライブで人が感動してくれた時、
あるいは、CDを聞いてもらった時、
完成するのかも知れません。
でもその一方で、
音楽には、一人で楽しむ、という時間も大切です。
一人で楽器を弾いたり、
誰に聞いてもらう訳でもなく、一人で歌ったり・・・
それも、音楽の素敵な楽しみ方なんです。
寄稿:
伊藤 圭一(いとう けいいち)
サウンドエンジニア&プロデューサー、Kim Studio主宰、(株)ケイ・アイ・エム代表。音を自在に操りヒット作を作り出す「音の魔術師」。斬新なアイディアと先見の明により多くの企業や組織、音楽家を成功に導く、エンタメ界の影の仕掛け人。音響メーカー顧問、洗足学園音楽大学教授、公益財団の理事、著書『歌は録音でキマる! 音の魔術師が明かすボーカル・レコーディングの秘密』