耳から効くお薬 〜ホスピスで 

エッセイ

音楽には、
人を癒す効果があります。
それは時として、
医学では説明できないこともあります。

私は、ライフワークとして、
病院や学校でのコンサートを行っています。

病院に併設しているホスピスに伺った時のことです。

末期の癌を患っている方など、
自分の命と向き合っている方々が、待っていてくれました。

コンサートに先立ち、
私はある病室にご挨拶に伺いました。


そこには、私が事前に送ってあった
コンサートを知らせるチラシが、
ベッドの脇に置いてありました。

ところが、その紙は、くしゃくしゃになっていて、汚れていました。

不思議に思ってよく見ると、
それは、丸めたり捨てたりしたものを伸ばした訳ではなさそうです。

そんな私に気付いて、
看病されている娘さんが教えて下さいました。

「母は、今日のコンサートが楽しみで、
 毎日、何度も何度も、このチラシを眺めては、
 この日がくるのを待っていたんですよ。」




私は、こみ上げる涙で、
「ありがとうございます」
という言葉が、声になりませんでした。


その日のコンサートでは、
みんなが知っている曲を、と思い
「お母さんの曲のメドレー」にしました。

「かあさんの歌」
「おかあさん」
「ブラームスの子守唄」
そして、
「おふくろさん」

世代は違っても、
私たち人間は、必ず母親から生まれてきたわけですから、
お母さんは、みんなに共通した存在なのです。

先程のおばあちゃんは、
ストレッチャーに横たわって
涙を流しながら、聞いてくれていました。

おばあちゃんは、
ご自分のお母様を思い出されていたのでしょうか、
それとも、自分が母親として、
残される子どもを思いやっていたのでしょうか。

私の音楽の力では、
悔しいですが、治療してさしあげることはできません。

でも、音楽を聞いて、癒されて、心が豊かになったようで、
何度も何度も、
「有り難う」を繰り返し、
私と握手した手を握りしめ、なかなか離そうとしませんでした。



私は今でも、お母さんの曲を聞くと、
その日のことを思い出します。

そして、また頑張ろうと思えるのです。


音楽は、耳で聴くものですが、
音楽は、耳から「効く」お薬なのかも知れません。

寄稿:
伊藤 圭一(いとう けいいち)
サウンドエンジニア&プロデューサー、Kim Studio主宰、(株)ケイ・アイ・エム代表。音を自在に操りヒット作を作り出す「音の魔術師」。斬新なアイディアと先見の明により多くの企業や組織、音楽家を成功に導く、エンタメ界の影の仕掛け人。音響メーカー顧問、洗足学園音楽大学教授、公益財団の理事、著書『歌は録音でキマる! 音の魔術師が明かすボーカル・レコーディングの秘密』

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