楽器は、誰かのために
音楽と楽器は、
切っても切れない関係にあります。
楽器は、音楽を奏でるためものであり、
音楽家にとっては、欠くことの出来ない重要なパートナーです。
皆さんの中にも、
楽器を弾くことが、大好きな方は沢山いらっしゃるでしょう。
楽器に愛情を感じたり、
生涯の友人のような気持ちを持っている方も
いらっしゃるに違いありません。
でも、
楽器は、演奏している自分自身が、
一番良い音を聞いているわけではない・・・
ということに気付いていましたか?
例えば、
ピアノでは、
グランド・ピアノの蓋は、
演奏家から見て、右側が開口部になっていて
斜めに止まって、音を反射させるようにできていますよね。
その反射の向きからすると、
演奏した音は、ピアニストから見て、
右側に飛んでいってしまいます。
もし、それが自分に向かって反射するようになっていてくれたなら、
演奏家自身が、より豊かな響きを聞くことが出来て、
もっと細かなタッチを確認できるはずなのですが、
実際には、そうなってはいないのです。
次に、ギターで考えてみましょう。
アコースティック・ギターは
ボディーの真ん中に、サウンド・ホールと呼ばれる丸い穴が開いていて、
ギタリストが楽器を構えると、
演奏家とは、反対側に向いてしまいます。
つまり、正面にいる、聞いてくれる人に向かって音が出ているのです。
トランペットやトロンボーンなどの金管楽器は、
完全に向こうに音が飛んでいってしまいます。
だから、演奏家は、壁に反射させて練習したりしています。
では、ヴァイオリンはどうでしょうか?
耳元で聞く生々しい音は、決して美しいとは言い難く、
響きの良い空間で、ちょっと離れた場所で聞くとき
一番美しいのです。
どうでしょうか?
分かってくれましたか?
楽器は、演奏家に向かって音を響かせるようには出来ていないのです。
聞く人が、最も良い音が聞こえるように出来ているのです。
これは、
楽器が生まれ、そして発展していった時代には、
権威ある方のために、音楽を演奏することが目的だった、
という背景があるからなんです。
楽器は、
音楽を誰かに聞かせるための道具だったのです。
演奏家にとっては、
自分が最も良い音を聞くことができないのは
ちょっと寂しいことですが、
他の誰かのために、
最高に美しい響きを奏でることができるなんて、
ちょっと素敵な話だと思いませんか?
自分だけが楽しむのではなく、
誰かのために・・・
この精神は、楽器を演奏するときに、
決して忘れてはいけないことなんです。
好むと好まざると、楽器はそのように出来ているのですから。
寄稿:
伊藤 圭一(いとう けいいち)
サウンドエンジニア&プロデューサー、Kim Studio主宰、(株)ケイ・アイ・エム代表。音を自在に操りヒット作を作り出す「音の魔術師」。斬新なアイディアと先見の明により多くの企業や組織、音楽家を成功に導く、エンタメ界の影の仕掛け人。音響メーカー顧問、洗足学園音楽大学教授、公益財団の理事、著書『歌は録音でキマる! 音の魔術師が明かすボーカル・レコーディングの秘密』