私たちは、物事を判断するとき、
何かを基準にします。
例えば
背が高いとか、
声が低いという時、
それは、何が基準になるのでしょうか?
実は、自分の身近な人と、無意識に比べているのです。
小さな子が、誰かのことを見て
背が高い人・・・と言ったとしたら
きっと、その子のお父さんより、背が高いということなのでしょう。
また、声が低いと言ったなら、
彼のお父さんは、声が高めの方なのでしょう。
ピアノの「ド」の鍵盤より低いと、低い声というとか、
何ヘルツ以下の人の声を、低い声という
・・・などという世界基準は、ないわけですから。
さて、
私は時々、自分のスタジオとは別の場所で
レコーディングすることがあります。
その場合は、前もって、マイクのセッティングを
メールでお願いしておくことにしています。
それは、行く先のスタジオのアシスタントさんが、
自分のペースで、ゆっくり用意しておけるように・・・という配慮からです。
そんな時、こんな質問が来ることがあります。
「伊藤さんのメールでは、ピアノには、XXXのマイク、とのご指定ですが、
そのマイクはピアノ用ではありませんよね。
間違いではないですか?」
というのです。
さてさて、ピアノ用のマイクというものがあって、
逆に、ピアノには使ってはいけないマイクというのがあるのでしょうか?
伊藤が愛するマイク達(Kim Studio)
彼は、自分のスタジオの、先輩のエンジニアが使うマイクが
基準になっているのでしょう。
それは、世界標準で決められている訳でもなければ
まして、規則で決まっている訳でもありません。
一般的に、レコーディング・エンジニアは、
短時間に音作りをしなければならないので
知っているマイクを使うことで
無難な録音ができることを選ぶ傾向があります。
新しいマイクを使ってみたいと思いながら
なかなか使えずにいることがほとんどなのです。
そういった意味では、
以前、ラジオのゲストにお越し下さった
オールアクセスインターナショナル(株)の服部さんが紹介して下さった
SHUREのコンデンサー・マイクは、
実際にボーカル用に使ってみると、
あまりにも使いやすく、
適切な音作りになっていることに驚きましたが、
私はその時まで、試したことがありませんでした。
ラジオ対談中の服部弘一様
レコーディング・スタジオでよく見かける
ボーカル録りに使われるマイクは、
ヨーロッパ製の物が多く、
それは、もともとクラシックを録音するために開発されており、
ある程度離れた場所に立てることを前提に、設計されたものです。
それを近年になって、口の真ん前に立ててボーカル録りに使っている訳ですから
設計者からしたら、さぞかし驚くことでしょう。
そう考えると、
最近のレコーディングを想定して設計されたコンデンサー・マイクが
使いやすくて、サウンド的にも適切になっているのは、
充分に理解できます。
たまたま私は、これまで知りませんでしたが、
こんな優秀なマイクが、どうして日本のレコーディング・スタジオでは
あまり見かけないのだろうか?
と、不思議になりました。
もしかしたら、SHUREは、
ダイナミック・マイクのベストセラーを作っているメーカーですから、
そのイメージが強すぎるのかも知れません。
あるいは、先程のアシスタントさんのように、
ボーカル用には、ヨーロッパ製のXXXを使うに決まっている
というような、固定観念があるのでしょうね。
これは、何事にも言えることで
当たり前だと思っていることを
ずっと続けていたとしたら
たまには、新しい物や、新しいことにトライしてみることも
大切な気がしました。
そして、その上で、
やっぱり従来の物が1番気に入るのであれば
それはそれで素晴らしいことですから、
自信を持って使い続ければいいでしょう。
寄稿:
伊藤 圭一(いとう けいいち)
サウンドエンジニア&プロデューサー、Kim Studio主宰、(株)ケイ・アイ・エム代表。音を自在に操りヒット作を作り出す「音の魔術師」。斬新なアイディアと先見の明により多くの企業や組織、音楽家を成功に導く、エンタメ界の影の仕掛け人。音響メーカー顧問、洗足学園音楽大学教授、公益財団の理事、著書『歌は録音でキマる! 音の魔術師が明かすボーカル・レコーディングの秘密』