亡くなった祖父、おじいさんの法事でのことです。
久しぶりに集まった兄弟や親類が
祖父の写真を見ることになり、
古いアルバムを取り出しました。
そこには、健在だった頃の祖父の姿があり、
みんなで眺めながら、
その頃の話に、花が咲きました。
おかしな表情の写真見つけて
笑ったり、
祖父が好きだった帽子の写真をみて
懐かしがったり
みんなで楽しい一時を過ごしていました。
その時、私は、
祖父が歌の練習に使っていた
カセット・テープがあることを思い出し、
それを、みんなに聞いてもらう事にしました。
久しぶりに手にするカセット・テープには
祖父の手書きのラベルが貼られていて、
その力の入った文字も、
みんなで懐かしく眺めました。
さて、いよいよテープの再生です。
サーッというノイズの中から、
祖父の声が聞こえます。
一生懸命に歌っていたかと思うと
食事を知らせる母の声に返事をしています。
止め忘れて、そのままおしゃべりしたりしています。
その頃の祖父の姿が目に浮かびます。
それを聞きながら、
いつしか、聞いている全員が黙ってしまいました。
やがて、涙をすする音が聞こえます。
さっきまで、アルバムのあんなに何枚もの写真を見ながら
楽しく笑っていたはずなのに。
亡くなってから久しく、
今更、悲しむような事もないのですが、
カセット・テープに録音された声を聞いただけで、
そこにいた全員が、健在だった祖父を
リアルに思い出したのでしょう。
写真は、目からの情報で、
ひと目でその様子を理解できますが、
音は、情報量が少ないため、
聞きながら、一生懸命に想像するのです。
その時の情景、その人の気持ち、
そして、その時の自分自身。
目からの情報は、確かにわかりやすく説得力がありますが、
時には、耳からの情報の方が
遙かに強く心に染み入ることもあるのです。
寄稿:
伊藤 圭一(いとう けいいち)
サウンドエンジニア&プロデューサー、Kim Studio主宰、(株)ケイ・アイ・エム代表。音を自在に操りヒット作を作り出す「音の魔術師」。斬新なアイディアと先見の明により多くの企業や組織、音楽家を成功に導く、エンタメ界の影の仕掛け人。音響メーカー顧問、洗足学園音楽大学教授、公益財団の理事、著書『歌は録音でキマる! 音の魔術師が明かすボーカル・レコーディングの秘密』